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このページは、皆さまからお寄せいただいた原稿をもとに構成しております。
ホームページにふさわしい話題をお知らせ下さい。

2003.12.09
小・中学校合同文化祭を開催(11月8日)


あわてず、ゆっくりしましょ! (8
7号)
【粟島在住の香川ひとみさんが発行している新聞より】

 例年菊薫るこの頃、中学校では、菊花祭として自分たちで育てた菊を歌に詠んだり、描いたものを発表するのが、第一部菊花祭、それに続けて日ごろの学習を発表する第二部生活発表、そして、午前中は休憩時間にお接待に出されるおはぎをPTAで作ることになっている。

 今年度小学生は3人だけになってしまったんで、今まで2月だったのをこちらに移したというわけです。中学生をあつめても12、13人だからほとんど出っぱなし、注目されっぱなし、人数が少ないのも大変です。

 教室ふたつ分、観る側を合わせても100人ちょっと、ふだんから学校と地域と繋がっているので、自分の子供だけにテープを投げる、またはビデオを撮って終わりなんてことはない。笑いも共感も横に広がり、ステージに返っていく。特に「戦中、戦後の粟島」についての生活発表、客席から砂糖抜きのかぼちゃぜんざいの発言があり、ああだった、こうだったとささやく声あり、発表をきっかけにしてみんなの気持ちが行ったり来たりしているんだなぁ。

2003.12.03
牡蠣のシーズン



粟島太郎さん
 牡蛎のシーズンがやってきました 粟島では美味しい粟島の牡蛎で皆様方をお迎えいたします。
 12月1日から2月末まで牡蛎料理が楽しめます。粟島の牡蛎の養殖は種付けから1年で収穫します。他地区の2年牡蛎と違いやや小さめですが粟島の綺麗な海の水で育てられ濃厚な牡蛎本来の味を味わっていただけます。

年末年始のお休みのひと時に山と海を眺め自然を味わい心身ともにリフレッシュ!
 仲間たちと囲炉裏を囲んで牡蛎料理を満喫してください。

2003.04.08
粟島の桜情報


粟島太郎さん

 4月6日現在 粟島の北に位置する上新田の港から粟島港まで徒歩で30分〜40分の散歩道に
通称 桜街道の桜が五分から八分咲きです。
  桜の下を散歩しながら瀬戸内海の美しい島々を眺める景色は自然が私たちに与えてく れた 偉大な贈り物です。
 
海員学校記念館の桜は庭の桜は満開 公園の桜も間もなく見ごろです。

  世界では飢餓や戦争など人間の世界にあってはならないことが発生しています。
   このようなことが無くなることを願うとともに今ある幸せに感謝しています。
  
  4月22日にはミニ八十八個所巡りです。 多くの皆様のお越しをお待ちしています。  

2003.03.19
まもなく粟島の桜海道が満開になります。


粟島太郎さん

 私の家の梅ノ木がただいま満開 先日から梅の隣の桜が狂い咲きで庭は梅と桜で花 いっぱい です。

 
粟島港から上新田に行く間の桜並木四月始めの日曜日には満開の見込み。
 皆さん桜の花と島からの景色をお楽しみください。
 
 四月に入ると二十二日は島四国 ミニ八十八ヶ所巡りです。 楽しいお接待を受けることが出来ます。 この日は粟島に約千人の人が来島されます。 朝早めにおいでください。


2003.02.07
今年度もさぬき瀬戸塾が
粟島に上陸



あわてず、ゆっくりしましょ! (77号)
【粟島在住の香川ひとみさんが発行している新聞より】
〜 島のミリョク 発見から発展へ 〜

 「今年度の塾生しとるんやけど、今度、発表やプレゼンの絵、描いてくれんか。」 とMさんのちょこっと手伝い。そこで、皆来るからまたおいで、ということになった。


 今回はプレゼンをまとめる現場からおじゃま。
 
去年は島のイイトコロを見つけるとこから。今年はそのしま魅力をカタチにしていくこと。
 しまの内外の人につないでいくかをもっと具体的に考える。先生、塾生、そして、この私までもが持っているチカラを引き出しあい、目的に向ってまとめあげられるのを見た。出来あいの知識の点検に血まなこにならずにおられん今の学校って何なんだろうと見ながら思った。

素直な学びたいキモチ、ここから広がれ! もっとと祈る。


2003.01.30
粟島のお正月


島太郎 さん
 

 1月3日に、新春の粟島に行ってきました。
 天気は小雨でしたが、風はなく、比較的暖かでした。
 まず、港へ着くと、標高222mの城ノ山(じょうのやま)に登りました。
相変わらず(当たり前!)、急な坂道でしたが、以前は、道をふさいでいた大木も、島のみなさんの年2回の登山道整備により取り除かれ、大変登りやすくなっていました。山頂からの景色は、もやがかかって視界はよくなかったのですが、波のない穏やかな瀬戸内海が望めました。

 下山後は、港から東へ4kmの地区にある松田さんの花畑を見に行きました。松田さんは、このホームページでも紹介されているように、浮き玉を使ったブイブイ人形を制作しています。当日、ご自宅に近づくと、自宅裏の弓道場から的を射る音が響いてきました。松田さんは、ご主人とともに3段の持ち主で、元旦から毎日練習しているとのことでした。
 
ブイブイ人形も、水戸の黄門様や七福神が仲間入りしていました。花畑も、葉牡丹がきれいに円を描いて咲いていました。

 その後、粟島の正月料理をいただきました。
松田さんのお宅では、粟島に伝わる茶がゆ(お米をごいし茶で少し硬めに炊いたもの)を召し上がるそうです。
 落ち着いた昔ながらの和室で、茶粥、ふぐの昆布巻き、さゆりの焼き物などをいただき、大変風情のある正月を過ごすことができました。
 


 所狭しと並べられた正月料理!








 七福神
 
 水戸の黄門様          弓道3段の松田さん


 できたての茶がゆ


 ふぐの昆布巻き

2002.12.19
こんどは白雪姫


松田 悦子さん
 

 山火事では心配をおかけしました。が、もう大丈夫だと思います。

 
さて、1年前から、ポリ玉で白雪姫を作りたいと思っていましたが、私のイメージとポリ玉が合わず、あれこれと考えていながら、他の作品を作っていました。白雪姫は、私のガラに合わなかったのかも知れない。
 というより、ディズニーは偉大ということ!


 2週間前くらいから、サンタクロースとか、天使にラブソングのシスターをどんどん作り出している時に、一休さんに挑戦すると、案外苦もなく、すんなりできました。
 
再び、自分のイメージの中の白雪姫のための土台づくりに苦労して、やっとできあがりました。
 
白雪姫の清らかな心が出せたかなぁ・・・?
 しかし、魔法使いの悪女となると、どんどんと生き生きとした魔女が描けたのです。
 やはり、自分の得手と不得手があるのです。
 
清純な少女は、私には無理かー。
 それでは、良いお年を!

追伸
  
サンタクロースは、クリスマスまでのもの。
  それ以後は値打ちがないというのも悲しいですね。

 
 
ル・ポール粟島の庭で頑張るブイブイ人形


 
ア・ア・ア・ア・・・。  発声の練習中です。



 
 私たち、これからブイブイ人形と名乗ります。

 
 悪しきことは掃き出し、福はドンドン掃きこみ、良き年を迎えよう・・・
                       
あわしまの一休


         いつもなかよし・・・

2002.12.16
芽が出るといいなァ


あわしま新聞
【第103号】
(12月1日発行)

 

 11月16日(土)に、粟島の有志20人が城ノ山(じょうのやま)登山道の草刈作業に汗を流しました。

 今回は、ご夫婦の参加も増え、一段と整備されて登りやすくなりました。参加されたみなさん、本当にご苦労さまでした。
 皆さんも、体力づくりを兼ねて登ってみてはいかがですか?

 
今回、参加者全員で、山頂に「高砂ユリ」の種を蒔きました。育つかどうかわかりませんが、見守ってやりたいと思っています。


2002.12.05
菊香り、爆笑の渦。
粟中文化祭!


詫間町立
粟島中1年
 塩田 正成さん

 

 11月5日、粟島中学校恒例の菊花祭がありました。今年で26回の菊花祭は、ギターマンドリン演奏やげきなどが行われました。

 ギターマンドリン演奏では、「TSUNAMI」「こきりこぶし」などを演奏しました。ギターとマンドリンが合ってとってもきれいな音で演奏しました。お客さんにも喜んでもらえてよかったです。

 3つの昔話をちょっとかえたげきもやりました。
 
80人を超える島のお年寄りや島外のお客さんにも笑っていただき、とてもうれしくなりました。









2002.12.03
「粟島生活体験宿泊」
〜冬バージョン〜



粟島イベント実行委員会
 

 

海で遊ぼう! 自然に学ぼう!
             〜 粟島体験宿泊学習 〜

 詫間町の粟島では、平成7年から毎年2回(夏休みと冬休み)離島体験宿泊学習を開催しています。
 この学習は、自然環境に恵まれた粟島で、集団宿泊生活を通じて、自然・地域社会とのふれあいを深めることにより、日頃の家庭生活・学校生活では得難い貴重な体験を参加者のみなさんにしていただこうとするものです。
 期間中は、粟島海洋記念公園を拠点として、海洋体験学習を行ったり、親元を離れて民家に宿泊することにより、小学生のみなさんが精神的に離乳して自主性・自立性を身につけるきっかけをつかんでいただきたいと思っています。
 みなさん、ふるってご参加ください。

1 期間       平成14年12月25日(水)〜12月28日(土) 【3日4泊】
2 対象         小学2年生〜6年生
3 人数         40人
4 活動内容   
12/25(水)  テーマ:友達をつくろう!
              12/26(木)       磯であそぼう、創ってあそぼう、冒険心を育てよう
             〜27(金)         
釣り、磯あそび、竹細工、餅つき、野外自由活動など
               12/28(土)        正月の準備をしよう、元気に帰ろう!
5 参加費     1人 25,000円
6 問合先     事務局 : 詫間町役場粟島出張所   電話 0875−84−7001
7 申込期限    12月5日(木)
  ※電話での申し込みでもけっこうです。

※ 体験宿泊の詳細については、ココをご覧ください。


2002.11.22
船遊びとは優雅なもんだねぇ!
〜ヨット 粟島に集う〜


あわてず、ゆっくりしましょ! (75号)
(粟島在住の香川ひとみさんが発行している新聞)より
 

 クロネコと郵便のほかは連絡があって、港の待合いまで荷物を取りに行く。
 ある日、「12時便で取りに来て。」と言うので行くと、神戸からこの島に来たMご夫妻がようけ荷物を軽トラに乗せよる。
問うてみると、あさって11月3日、30人ものヨットマンが集うパーティーをするんだとのこと。

「食べるモンの用意たいへんやろ、手伝いに行くで」ということになった。学校のことはナカナカうまくいかん。こんな時だからこそ気分直しにいいかなぁ。 ここに居ると、時に何かありそうな人と出会えるのがありがたい。この頃は天気の巡りが悪く、土・日になると海が荒れる。
 
当日はやや荒れた天気のなか、「ええ風や」と、ヨットで、または無理せず陸路でヨット仲間が夕方までに集合した。おでんと焼肉とキムチ鍋の用意もOK。(準備中にすごいカミナリ、雨で慌ててブルーシートを張る。)

神戸、明石あたりの人は来られなくなって、それでも集まったのは33人。やっぱり時間とおカネの余裕のある5、60代が中心です。
 
時間はあるけどおカネのこと、子どものことを引きずってヨタヨタ歩いているこの私が、海上を優雅にすべる、そんな人の中に入って行けるんやろか? おでん番に終わってしまうんかなぁ? でも、自分の出来ること、していること、思っていること、そのままを出せばいい。そう思って、今までのこの「つうしん」のファイルを出してみた。

そしたら、ありがたいことに感動・共感して下さり、仲間に入ることができた。「周りのコトに惑わず、自分の好きなコトを大事にしている」そんな人たちだからでしょうね。私もそうだから。そして、会がお開きになった後に、とあるヨットに招待されるという嬉しいオマケ付き、ありがとう!
 
みなさん、これからも良き風に恵まれますように!


2002.10.30
一度はおらんようになったアサリを掘りにいったゾ!


あわてず、ゆっくりしましょ!
(粟島在住の香川ひとみさんが発行している新聞)より
 

 旅行誌や港の案内板ではアサリが掘れる。しかし、私がこの島に暮し始めた時、誰に聞いても、「おらん、おらん。去年からおらんようなになった。」 護岸工事のコンクリートのアクのせいらしいのだ。
 
せっかくよそからバケツとクマデを持った家族が港で残念そうにしている様子を見て、私もすまんかったなぁと思ったことがある。人間サマの都合で、ちょっとしたことで、他の生物が大迷惑。そして、廻って人間も困ることは、20世紀中にさんざんやってきたことなのにねぇ。

 
ところが、自然というのはたいしたもんで、今年の8月の終わりごろからアサリが復活! 理由はよくわからない。そこで「こりゃ、さっそく掘りに行かんといかんなぁ。」

 貝がゾクゾクなら、人もゾクゾク。潮が引けば、バイクで、自転車で、歩いて、下新田の干潟に集合。
 私も、大潮」を狙って3度堀りに行きました。コイチ時間もあれば、買うと7,800円分は掘れた。でも、少し小ぶり。小ぶりより小さいのは獲らずにおこう。ほかにも、食べられないけど、鳥や投げ釣りのエサになるゴカイのいろいろ。テナガタコの小さいの。 
(初めて行った時、オッチャンに生きたマダコをもらった。ありがとう!) エビ、ハゼ、ツナタガイ、ナマコにヒラムシ (OH! 鼻水が動よる。) etc・・・。面妖な生物にも出会えるぞ。

 アサリのいた所が砂ではなく、ドロの中。服には付くし、時には足が抜けなくなる。だから、1日海水でしっかドロを吐かせる。
安心してアシとクノビノビ伸ばしているアサリは、不思議に面白くて目が話せない。そして最後には、定番みそ汁、スパゲッティボンゴレにアサリ御飯。その旨みの濃さに驚き、平成の貝塚を築いたのでありました。

☆ 10月になって、貝堀に行く人が減った。人間というもんはそういうもの。掘りつくされてしまったのかなぁ。 

2002.10.23
粟島のトトロ?


松田 悦子 さん
 

 朝、夕めっきり秋を感じる今日このごろです。
 
久々に自分では、満足のいく作品ができあがりました。

 たぬきのつもりで書いたのですが、トトロに見える人もいます。それじゃ、自分でトトロを書いて
「これがトトロで〜す。」という作品に取り組もうと思っていますが、見本がないので、今のところ粗大ごみをあさっています。

 
はっきりと 「となりのトトロ」 のテレビ放送を見ておけば良かったと、今、思っているところです。

 「ふみの日」切手は、ディック・ブルーナー氏のデザインです。
とても可愛い切手です。
 
私としては、今までの中で一番気に入っています。



ジャイアンも加わって、秋を楽しんでいます。



「おすましの私は50円切手です。」 
題は、
『どきどきするね』


「そろそろ近づいてきたぞ !! 用意はいいかい?」



「それ、満月だ! ポンポコポンの始まりだ!」



「私は80円切手、ふみの日の記念切手です。
日本全国を旅行してみたいなぁ!」

2002.10.21
粟島に「タマちゃん」が?!


粟島のけいちゃん
 

 今、話題の「タマちゃん」が粟島に漂着 ? !

  実は、先月、島に流れてきた流木です。
 あまりにも弱っていたので、元気をつけてあげました。

  名前は、
「粟ちゃん」です。
 


2002.10.18 
粟島生活体験の子供達が家族と来島


あわしま新聞第101号
(10月1日発行)
 

 7月24日〜27に実施した粟島離島体験宿泊に参加した子供達が9月21日(土)、開発センターにご家族とともに集まった。

 いろいろな体験にご協力くださった地域の方や、学生ボランティアの人達といっしょに、活動ビデオや記録写真に目をやりながら談笑した。ご家族も、猛暑の中での子供達の活動ぶりに感動し、「粟島が好きになった」「また遊びに来たい」等と好評だった。

 

2002.10.10
粟島再発見シリーズ


あわしま新聞より
(公民館第7支館・粟島イベント実行委員会発行)
 

− いもじの千手観音 −
  京の浜のいもじ端(通称足摺さん)の「この穴をくぐると頭が良くなる」という石穴の横に、島四国37番札所金剛福寺があります。

 島四国88ヶ所は、文政10(1827年)に粟島船籍の北前船が88隻になったのを記念して、堺屋治衛門さんが世話人となって1隻1石仏を寄進して出来たそうです。
 当初、お大師さんのみをお祭りして大師市と言っていたのを、伊勢屋庄八さんが粟島で初めて37番札所に千手観音の本尊を寄進しました。
 その後、仏の正松さんが世話人となって、1仏5円で島四国88ヶ所全部に本尊を寄進したので2石仏となったそうです。

 名称「いもじ」の由来は、島の娘さんが赤い腰巻き(いもじ)をして山で柴かきをしていたのを、地図を作りに来ていた役人が見て、「あれは何だ」「いもじでございます」「それでは、この岬はいもじにしよう」で決まったそうです。

 また、通称足摺さんと呼ばれるのは、37番金剛福寺が足摺にあるのと風景がよく似ているからだそうです。
(故上田吉寛さんのお話)  


2002.9.25
うちのご主人様


粟島の桃太郎くん
(ご主人様は、松田悦子さん)

  ヤヤヤ・・。
 今年の夏の暑さにはまいったなあ・・。

 私のご主人様は、私とまったく同じで、クタクタになったみたいニャあ・・。
 少し涼しくなったので、ボチボチ新作を作っているよ!
 たいしたことない作品だけどー。
 畑の色は茶色だよ、秋だもの・・。
 春の花畑の準備中というところかなあ・・。

 今は弓道に夢中みたい。
 あちらが通れば、こちらが通らず・・。
 体が2つあればちょうどいいみたい。
 
 一石二鳥は、とても、とても・・、難しい!
 

 
ねぼけまなこの桃太郎くん


幸せを呼ぶまねき猫


後ろの正面、だぁ〜れ。


やっぱり、オイラの、のび太くん。

※ 顔も体も、廃材を利用しています。


2002.9.17
出場して良かった「たくま港まつり」


あわしま新聞
第100号

(平成14年9月1日発行)

 8月10日(土)に詫間町で「第31回港まつり」が開催され、粟島も「粟島北前セーラーマン」として16名が出場しました。

 我関せずと参加者が少ない等、いろいろと厳しい状況の中でしたが、「欠席したらいかんで。粟島として出ないかんで。」等と力強い協力者があり、お陰で平均年齢68歳の男性11名と女性5名が参加してくださり、今年も港まつりに出場することができました。

 「粟島は頑張っとるなあ」「セーラーマンの夜装は良いし、手旗もええなあ」と大好評で、「勝山神庭の滝賞」を受賞しました。

 今年の夏の暑さは格別で、夜間の練習も大変でした。参加者には、大変ご苦労をおかけしました。随分と迷いもしました。でも、参加して良かったと思う今年の港まつりでした。 


2002.8.26
自分たちで考えた体験宿泊学習


詫間町立
粟島小6年
 高島博紀さん

 7月16日、17日に粟島小で、宿泊学習をしました。活動内容を自分たちで考え、準備を進めてきました。
 魚つりの上手な西野さんと中田さんにグチのつり方を教えてもらいました。一度に2匹つれることもあり、楽しかったです。
 つってきたグチのさばき方も教わりました。実際ぼくたちもやってみましたが、魚がぬるぬるしてうまくできませんでした。でも何びきかさばいてみると、だんだんうまくできるようになりました。さっそくかまどで焼いて食べました。とてもおいしかったです。
 この宿泊学習は、地域の人たちに助けてもらってできました。みんなと協力して楽しい宿泊学習ができてよかったです。


2002.8.22
神田小のみなさんをお迎えしました。


詫間町立
粟島小6年
 松岡香織さん

 7月11日に粟島小学校で、神田小学校 (山本町) の6年生と交流をしました。自己紹介や地域の紹介などとっても楽しかったです。

 一番心に残ったのは、神田小のみんなとゲームをしたことです。フルーツバスケットなどをしました。初めは話もできないぐらいきん張していましたが、しだいにとても楽しくなりました。

 それから、神田小のみんなから学級園でとれた野菜や、竹で作ったバッタなどをもらいました。わたしたちは、お礼に粟島の海草で作ったしおりと貝などをプレゼントしました。しおりをわたすと、喜んでくれました。

 神田小のみんなが海に行った後、プレゼントにくれた竹のバッタを玄関にかざりました。地域の人が作ってくれた竹の虫たちもいて、さらに明るくなりました。
 今度は私たちが神田小に行ってきたいです。


   


2002.8.16
今夏も体験宿泊学習が行われました。


粟島在住
 松岡さん

 
 7月24日から7月27日にかけて、「粟島生活体験宿泊学習」が行われました。
 この学習では、集団宿泊での生活を通じて、自然とふれあいながら、通常の家庭生活・学校生活では得難い貴重な体験をしてもらおうというものです。今回は、応募者の中から抽選により、50名の小学生(1〜6年生、3人は高知県から)が参加しました。

 7月24日(水)午後1時からの開村式により、体験学習の始まり始まり。
 第1日目は、箸作りや歌の練習、キャンプファイアーを実施。期間中、台風の影響でテント設営が中止になるというハプニングはありましたが、第2日目以降も、元船員さんの小西さんや山北さんの指導のもと、手旗信号や竹細工に楽しみながら真剣に取り組んでいました。特に、第3日の西浜での魚釣りでは、日ごろの経験がないためか、竿の使い方や餌付けに苦労していましたが、キスやフグを釣った子供もおり、大きい魚を釣り上げようと一生懸命でした。
 最終日には、かまぼこ板に思い出を書き、4日間を通してお世話をしてくれた四国学院大学のボランティアの「リーダー」のみなさんとの別れも惜しみながら帰途につきました。

 9月21日(土)には、今度はもう一度、親子で粟島に集まってもらい、「思い出会」が開催される予定です。


2002.8.13
“海とのふれあいフェスティバル”盛り上がる!


あわしま新聞第99号
(8月1日発行)
 

 7月20日から21日まで、「瀬戸内の環境を守る連絡会」の30周年記念の催しが西浜海水浴場で開かれ、150人程が参加しました。
 勇壮な「鯱」の暑さをハネ返すようなオープニング太鼓で開会。町教育委員長、粟島連合自治会長の紹介後、中田支館長の「ようきたなあ」の歓迎あいさつ。14時からそれぞれの行事(水泳教室のシュノーケリング、カヌー教室、ヨット試乗体験、渚観察会、ビーチバレー、スイカわりなどにわかれて)を行いました。途中で猛烈な夕立があり、パンツまでグショグショになった人達もいました。渚観察会には島の中学生も参加、藤岡先生のお話も好評でした。

 夕方7時から屋台パーティー。カレーにおにぎり、おでんが格安値段で、瀬戸内のビールやジュースが飛ぶように売れ、中でも好評だったのが、飲むほどに元気になるというカクテル「瀬戸内」。一人で10杯も飲んだ人もおり、野外舞台一杯に広げられる各合唱団の歌や踊りの交歓に、太鼓演奏に夏の夜は島の人達も多く加わり、大いに盛り上がりました。

 2日目は、ラジオ体操、朝食後、城の山登山。自然一杯の島と最も瀬戸内海らしい多島美の景観を眺め、汗みずくでしたが、生命の洗濯をしました。14時30分、臨時便船で多くの想い出と粟島のりと、うちわを手に手に“又来ます。ありがとう”の声を残して帰って行かれました。

 


2002.8.12
さわやか七夕コンサート(粟島)


あわしま新聞第99号
(8月1日発行)
 

 7月17日、七夕飾りのゆれる粟島中学校講堂でのコンサートは、新生大学の学習会と重なった為、一般のお客さんが少なく残念に思いました。粟島大正琴クラブによる演奏は、短期間の練習とは思えぬ素晴らしい演奏会でした。
 そして、おなじみの曽根さんによるギター演奏や善通寺陸上自衛隊による演奏は、しっとりと落ち着いた曲から軽快な曲までレパートリーも広く、最後まで聴き入りました。

 雨上がりの窓からは、涼風が心地よく、ユーモアを交えてのクラリネットの演奏に笑い、またリズムに合わせて手拍子を打つと、心身ともに解放され、リフレッシュできました。プログラムの終わりには、迫力のある吹奏楽団の伴奏で「翼をください」を全員で大合唱し、生演奏の楽しさを充分満喫できました。


2002.7.30
粟島小・中学校の海岸清掃


詫間町立粟島中2年
 平田 めぐみさん

 7月3日に粟島中学校、粟島小学校合同の西浜の清掃がありました。その日は30度を超えるとても暑い日でした。私もみんなも、「暑いー」「えらい」とか、言っていたけれど、どんどんゴミが集まっていって、1、2時間後にはキャリーに60ぱい分ものゴミが集まりました。
 しんどかったけれど、とてもキレイになった西浜を見ると、つかれたという気持ちも、「清掃してよかったなぁ」という気持ちに変わった気がしました。

2002.7.23
「粟島生活体験宿泊」が始まるよ!


粟島イベント実行委員会
 
 

 

海で遊ぼう! 自然に学ぼう!
             〜 粟島体験宿泊学習 〜

 詫間町の粟島では、平成7年から毎年2回(夏休みと冬休み)、離島体験宿泊学習を開催しています。
 この学習は、自然環境に恵まれた粟島で、集団宿泊生活を通じて、自然・地域社会とのふれあいを深めることにより、日頃の家庭生活・学校生活では得難い貴重な体験を参加者のみなさんにしていただこうとするものです。
 期間中は、粟島海洋記念公園を拠点として、海洋体験学習を行ったり、親元を離れて民家に宿泊することにより、小学生のみなさんが精神的に離乳して自主性・自立性を身につけるきっかけをつかんでいただきたいと思っています。
 この夏も、次のとおり明日から開催します。

1 期間       平成14年7月24日(水)〜7月27日(土) 【3日4泊】
2 対象         小学1年生〜6年生
3 人数         50人
4 活動日程    7/24(水) テーマ:友達をつくろう!、島の体験
              7/25(木)       島の生活に挑戦!、魚釣りと磯遊び
               7/26(金)       キャンプ活動、野外料理に挑戦!
               7/27(土)       元気に帰ろう!

※ 体験宿泊の詳細については、ココをご覧ください。


2002.7.5
粟島のカッターレース大会


あわしま新聞より
(平成14年7月1日発行)
 

 粟島の一大イベント「第6回カッターレース大会」を次のとおり開催します。
 今年度は、自治会や中学校のほかに、海友婦人会も結成50周年を記念して初参加し、12チームが出場します。島を挙げての行事として熱戦が期待されるので、ぜひ応援にお越しください。

1 日時  7月6日(土) 午前9時〜11時
2 場所  粟島海洋記念公園西側の海上


2002.7.1
ちょっと不思議な思い出


詫間町立粟島中2年
  青井 恵理香 さん

 6月4日正午。粟島の下新田に鯨がやって来たのです。残念なことに鯨は死んでいたけど、だいたい7メートル近い“ナガスクジラ”という種類の鯨だそうです。
 私も初めてだったので、見に行く時、興奮して胸の高鳴りがなかなか止まりませんでした。
 鯨は、さわるとゴムみたいな感じがしました。子供だと思いますが、まわりの人が小さく見えるほど、すごく大きかったです。かなり、傷ついた体を見て、長い間一人旅をしていたんだなぁと思って、少しさみしい気持ちになりました。 
 でも、初めて見た大きな鯨は、ここらへんだと、太平洋あたりでしか見られないので、ちょっと不思議な思い出になりました。

2002.6.20
瀬戸内海の小さな島「粟島」に住んで考えたこと


中島蓉子   さん
(群馬県在住)
 

※ 中島さんは、以前にこの伝言板で御紹介しましたが、昨年度、粟島の離島留学制度で、粟島小学校に通われていました。
   この作文は、群馬に帰られて書かれたものです。

 私は、去年、香川県にある粟島という小さな島で暮らしていました。自然が豊かで、人々も優しく、安心して暮らすことのできる素晴らしい所でした。ところが、島には一つの大きな問題がありました。それは過疎化です。島の小学生はたったの3人しかいませんでした。その対策として、島外から小・中学生を受け入れる留学制度が作られました。私はその留学制度に参加したのですが、それでも児童は全員で6人でした。先生とはとても親しくなれましたが、前の学校と比べると、友達も少なく寂しく思いました。

 粟島には、昔2千人以上の人が住んでいたそうですが、今年は400人を切ってしまいました。このまま過疎化が進むと、粟島はどうなってしまうのかとても心配です。
 粟島の近くに、志々島という島があります。そこは、過疎化が急速に進み、島民は全体で100人もいません。60代の人が一番若く、子供や若者は一人もいません。以前は、野菜や花が植えられていた畑も、今では荒れ果て山の様になっています。志々島は、将来の粟島を表している様に思えてなりません。

 現在私が住んでいる新里村は、人口が増え続けています。一年間居ない間にも、随分変わっていました。畑だった所が、どんどん住宅地に変わっています。村内には、大きな店がいくつもあり、車があれば、近くの市や町などにすぐ行く事もできます。しかし粟島は、暮らしていけない程ではありませんが、とても不便でした。大きな病院もなく、本や服が欲しい場合は、定期便を使って島外に行くしかありません。船賃もかかる上、船の時間に合わせて行動しなくてはなりません。

  穏やかな海、ところどころに花の咲く美しい粟島から、なぜ人々がどんどん出ていってしまうのでしょうか。そしてなぜ、以前は人口の少なかった新里村に、新しい人々がどんどん住み始めているのでしょうか。
 それは、便利な所に人は集まり、不便な所から人は出て行ってしまうからです。また、若者の働く場所が無いことも大きな原因のひとつでしょう。

 粟島の小学校の活動で、島外の方に粟島がどう変わってほしいかというアンケートを取りました。その答えの中に、「橋をかけてほしい。」というものがありました。もし橋がかかれば、人々も簡単に行ったり来たりできる様になります。そして、新しい産業も生まれ、島を出て行った若者が戻って来るかもしれません。また、若者が戻って来ることによって、今は細々としてしまった漁業も、再び盛んになることでしょう。けれどもそれは、費用などもかかり、とても難しい問題です。

 一年間、粟島という新里村とは全く違う環境に住み、私は豊かな自然の中で、伸び伸びと時間を過ごすことができました。私にとっては、第二の故郷とも言える所です。過疎化を防ぐのは、とても難しいことですが、今、島民の皆さんは、「留学制度」、「海ぼたるによる島おこし」など、いろいろ対策を考えています。時間がかかるでしょうが、その努力が実り、このまま荒れ果てることなく、粟島がいつまでも美しい島であって欲しいと思います。そして、過疎化の進んだ島に、再び若者が戻り、昔のように活気にあふれた島に戻ることを、願わずにはいられません。  


2002.5.31
海はこんなに
広いんだね!


詫間町立
詫間小5年

大河原まどか  さん
 

 5月18日に親子チャレンジ教室で、詫間町の粟島にある城ノ山に登りました。須田港から船で15分くらいの島で、行きも帰りも少し、はきそうでした。
 城ノ山までは40分くらいで着きました。登っている途中で瀬戸大橋が、きりにかくれているけどうっすら見えたときはびっくりしました。でも岡山は見えませんでした。

 頂上では360度瀬戸内海が見えました。海はこんなに広いものだと思いました。島民全員でそうじをしたあとだったので道はきれいで歩きやすかったです。

 詫間町では、公民館活動で毎月第3土曜日に親子チャレンジ教室があります。今度は紙すきをします。毎月楽しみにしています。


見晴らしが良くて気持ちいい!

 
登山の最年少記録!(1歳5ケ月、体重10kg)   


2002.6.7
粟島の
クジラ
奮闘記


松田悦子さん

 6月4日(火)の13時30分頃、県の水産課より鯨が粟島西海岸に漂着しているらしいとの連絡あり。その後、各テレビ局、新聞社からの問い合わせが続く。報道とは、地獄耳を持ち合わせていることが条件ですネ。それに引き換え、島の人々はいたってのんきで、冷静。何かの見間違いか、デマだろうと、鯨のことは誰も信じない。

  しかし、放っておくこともできず、漁協組合員の松田恒和(呼び名:ツーヤン)さん松田広光さんに頼んで、粟島周辺の海岸に漂着しているらしい「ホエルウォッチング」に行ってもらうことにした。が、「一向に見えない。」という携帯電話からの声。事の始まりは、釣り人の通報らしい。だったら、デマか、黒い岩を鯨と見間違えたに違いないという理由をつけて「ウォッチング」を打ち切ることにした時に、再び水産課から、海上保安庁の巡視船が粟島西南の海岸で鯨を発見したとの連絡が入る。

 さっそく、ツーヤン広光さんの3人で漁船に乗り込み、現場へ急行!(7分)場所は、粟島竹の浦海岸、鳥崎という地名。現場では、海上保安部の数人が岩の上で調べている。私達は、いくら目を見張っても鯨は見えない。それもそのはず、私達の船の真下で沈んでいるとのこと。そうこうしているうちに、町役場の船も急行してきた。町誌に載せるので、鯨を引き揚げてほしいとのこと。「お安い御用」とばかりに、ツーヤン広光さんの名コンビが活躍をする予定!だったのだがー。

 イカリで鯨を引き揚げるのが広光さん、舵をとるのがツーヤン、何もしないでいるのが。イカリで鯨の尾をひっかけるのはすぐできた。やはり、漁師は頼もしい!「うんとこどっこい。」

 
ナガス鯨  【全長7m、体重6t、メス(子供)】 

 


  「あ…、しっぽが揚がってきよる…。ツーヤン、船をバックして。」2人の息はピッタリ。鯨の尾がイカリに引っかかり、水面近くまで揚がってきたので、なお、ありったけの力を振り絞り、一生懸命、イカリのロープを引っ張った。鯨のアブラでズルズルしている尾にイカリがいつまでもひっかかるわけもなく、いきなりはずれたと思ったとたん、スッテン、コロリと、自分の力でおもいきり尻もちをついてしまった。

  鯨の大きさを実際にしらないから、できた出来事かもしれない。でも、あの時は、本当に鯨を岩から引き出してやれると思ったのだから。地元の人と鯨がふれあえたのはこの時限りで、後は、鯨様様になり、私達の手の届かないところへ行ってしまった。冗談にも肉が食べたいなど、絶対に言ってはいけない雰囲気に包まれてしまった。   

 夜行列車で飛んで来た東京国立科学博物館の人達によって調査が始まった。調査が進むほど、鯨の位が高くなり、最終的には教授も加わり、世界にも珍しい鯨とか。新しい学説でナガス鯨にも種類がいろいろあるのではないかと発表された後、証明するような現物が現れたそうな。西浜の砂に埋め、2年後の夏には掘り出し、標本にして、博物館入りするそうです。今のところ、やはり、粟島の海洋記念館で展示するのが一番という説が有力。

 世界の科学者が集まる粟島。2年後までに、英語、フランス語、ドイツ語をマスターしておかなくっちゃー。博士であろうと、誰であろうと、クジラと相撲をとったのは、粟島の松田広光さんなのだー。 
 


私、本当は南の海へ帰りたかったの・・・。
でも、島のやさしい人々に包まれて、粟島の土になるの・・・。 

※ 引き揚げから解体までの様子が、ル・ポール粟島のホームページで詳しく説明されています。


2002.6.7
城ノ山登山道の草刈り清掃


公民館第7支館&粟島イベント実行委員会

 第7支館と粟島イベント実行委員会が主催して、毎年2回行っている城ノ山登山道の草刈り清掃が5月11日(土)に行われました。

 今年は、嬉しいことに、大勢の方にご賛同いただき、30名もの参加による奉仕作業により、登山道と頂上広場は見違えるほどきれいになりました。
 最近、粟島を訪れるお客様や帰省客で登山者が増えており、皆さんの奉仕作業が大変喜ばれております。ありがとうございました。 


    みなさんの顔には、満足の笑みが!

2002.6.5
とても、とても、好き!志々島。


松田 悦子さん
(粟島在住)
 
 

 

  夏の花畑がほぼ出来上がりました。
 春の花は柔らかく咲き、夏の花は大空に向かって元気よく咲きます。自然はとてもうまくできていますネ。花もさることながら、山の緑がとてもきれいです。

 先日、志々島へ行きました。あの「男はつらいよ」の寅さんの島です。私、とても、とても、好きになりました。「いせや」という店も、とてもレトロで、いい感じです。島の人口が40人というのも、とても私にはいい感じ!島の人々も、とても、とても、いい感じ。全部が絵になります。ポリの浮玉で浦島太郎(若い頃の太郎)とおとひめさんを造って、プレゼントしたいと思っています。

 みなさん、志々島の良さをウオッチングしませんか?
 粟島は元気な島、花で言えば夏の花。
 志々島は静かで、のどかで……。寅さんがヒョイと現れそうな……。そんな何かがあるいい島です。
  車も、オートバイもないなんてー。とても、とても、好き。


2002.6.3
よかった、粟島小学校へ
来て。


ホームページ管理者
 

  粟島では、平成13年度から離島留学制度が始まり、5世帯を受け入れました。
  その中で、今年3月まで1年間、群馬県から粟島へ来て、粟島小学校へ通われた中島蓉子さんが、昨年11月に「第8回詫間町少年の主張大会」で発表された内容を御紹介します。
 現在、中島さんは、群馬県へ帰られ、元気に中学校へ通われているとのことです。
  5月3日の島四国には、わざわざ御家族で群馬県から粟島へ来られたそうです。
 

 私は、(平成13年)4月に群馬から粟島小学校に転校してきました。転校してくる前、粟島のことはほとんど知りませんでした。海の近くだと聞いていたけど、島だとは知らなくて、 来た時、びっくりしました。始業式の日、粟島小学校の人と初めて会いました。その日はとても緊張していて話す事もできませんでした。

 最初のころは、みんなの言っていることばがよく分からなくて、友達ができるかどうか不安でした。時々、「群馬の家に帰りたい。」「学校に行くのがいやだ。」と思うこともありました。周りは知らない人ばかりで、毎日が不安でした。
 でも、だんだんとみんなとしゃべれるようになり、一緒に帰ったり、遊んだりしているうちに、不安がなくなっていきました。私の周りの人は、みんな優しくて、とてもいい人達でした。学校にも慣れることができました。

 粟島小学校には、前の学校にない時間がありました。「粟島タイム」と「ゆとり」の時間です。「粟島タイム」は全校生で、いろいろと粟島のことを調べています。だから、来た時は全然分からなかった粟島のことも、少し分かってきました。「ゆとり」は、学級でいろいろなことをしますが、一番楽しかったのは、ハムスターの小屋のそうじをしたことです。粟島小学校に来て、楽しかったことは、いっぱいあります。

 島四国の遠足、修学旅行、島めぐり、宿泊学習、運動会、遠足、他にもいっぱいありました。この中で、特に心に残ったのが、宿泊学習です。朝、学校に来る時は、雨が降っていました。釣りが活動の一番最初だったので、きっと無理だろうと思っていました。でも、しばらくすると、雨がやみ、釣りにいけました。船でいかだまで連れて行ってもらいました。全員でグチを91匹も釣りました。私も8匹釣りました。全員といっても、先生を入れてたった10人です。もう、こんなに釣れることはないと思います。釣ったグチは焼いたりお刺し身にしたりして食べました。新鮮な魚は、とてもおいしかったです。

  昼からは、遠泳やいかだ遊びをしました。海の水は冷たかったけど、すぐ慣れました。それに、よく浮かびました。群馬では、車に何時間も乗らないと、海に行けません。こんな近くに海があるなんて、夢みたいです。夜はテントで寝ていたけれど、雷が鳴り出し、校舎の中へ非難しました。あっという間に、すごい雨が降り出し、本当に危機一髪でした。楽しい二日間でした。夜に見た、夜光虫や海ほたるの美しさも忘れられません。宿泊学習のように、粟島小学校に来てよかったことは、いっぱいあります。粟島はとてもいい所だと思います。
 今年1年しか粟島小学校にいないけど、これからもみんなと仲良くして、いい思い出をつくっていきたいと思います。


2002.5.24
粟島の「この人」
part1


川上 博文

 ある時は、地元漁協の事務員さん、そして、またある時は、弓道の有段者、そしてそして、またある時は、島のアーティスト。その実体は?

 「粟島のえっちゃん」こと、松田悦子さんは、心から粟島を愛されている方です。3月に、この伝言板でも御紹介しましたが、自宅前の畑に、ブイの廃材を利用したサザエさん一家の人形などを制作し、綿密に手入れされた花畑とともに、島の憩いの場を与えてくれています。

   

 花畑も、「みなさんにいつ来ていただいても楽しんでもらえるように!」との想いで手入れをされています。地元の方にうかがうと、「えっちゃんは、自然とお話ができる人」。アーティストとしての松田さんのテーマは、廃材利用。近くの浜への漂着物も、松田さんの手にかかれば、芸術品に早変わり!えっちゃんの温かい心遣いが作品に表れています。

  
島四国で活躍した「地蔵ナビ」                 漂着物を使った「竜宮地蔵」


2002.5.17
粟島のテレビ番組を見て。


川上 博文

 5月10日(金)の夜、NHKの「四国羅針盤」という番組で、粟島の離島留学制度について放送されました。

 この離島制度は、平成13年度から詫間町が実施しており、粟島への留学を希望する児童・生徒を家族ごと受入れるというものです。子供たちは、粟島中学校や粟島小学校に通いながら、海に囲まれた豊かな自然と人情あふれる生活環境の中で暮らしています。
 現在は、県内外から5家族が粟島に住まわれています。

 粟島に移り住む前の学校では、いろいろな事情で学校に通えなかった子供たちが、住民のみなさんの温かい対応と恵まれた自然の中で、生き生きと暮らしている様子を見ることができました。昨年の11月に、さぬき瀬戸塾で愛媛県の魚島を訪問した際に、佐伯村長から、「学校は、地域の文化の灯台なり」というお話をうかがいましたが、支館長の中田さんをはじめ、粟島のみなさんの温かさが子供たちの心を変えていくのだなあと実感しました。

 もともと島に住んでいるある生徒が、「離島留学で友達が増えてよかった。」と言われたのは印象的でした。


2002.5.12
博多の街に「粟島」


公民館第7支館&
粟島イベント実行委員会発行

〜 あわしま新聞 〜 第96号より

 粟島再発見シリーズで、海上自衛隊の掃海艇に『あわしま』の名前がつけられたことは、一昨年の本紙72号に掲載したが、誰でも生まれ育った土地や地名には愛着があるものだ。

 このほど、島出身の人が、福岡のデパートで和菓子「粟島」を見つけてお土産に買ってきてくれた。店員では名前の由来がわからなかったそうだ。包装紙を頼りに製造元に照会したら、丁重な回答があった。それによれば、『筑紫万葉の心』を製菓の基本テーマとして、大都会のコンクリートの街に万葉人の優しさと柔らかさを伝えたいことを意図して、

大友旅人の次の句から引用したとのこと。 
  粟島の逢はじと思う妹あれや 安眠も寝ずして吾が恋ひ渡る
 (もう逢えないわけではないのに、今夜もまた貴女のことを思って眠れない。)
              
 それにしても、粟島の名前がこんな形で都会人の目に触れていることは一興がある。


2002.5.3
『島四国』 どど〜んと人の波!


香川 ひとみさん

 高齢化の波で、道の準備・お接待の準備がたいへんになってきている。でも、皆楽しみにして来てくれるけん、今年もしま最大の行事、島四国が行われることになった。
 今日は旧暦3月21日、予報はハズレてけっこう晴れた。そして、人波は予想どおりすごかった。今日だけは、連絡船も朝6時ごろより時刻表関係なしの臨時便でピストン航行。でも、向こうの須田では行列するほどの人だという。おまけに前日、ル・ポール粟島で、TVの取材で3局来るんだと聞いた。

 今年は上新田に行って、そこの港から船で帰るコースの小学校の春の遠足についていくことにした。だから、まずは朝7時に粟島港に集合。船からはき出されたしまにおいでのひとに竹の杖と総合学習で作った島の地図を道案内に渡してお接待。すぐなくなって8時出発。すでに西明石の駅前かと思う程の人が歩いている。ついうっかり、おさいせん用の1円玉をたくさん用意していなかったので、まずはおさいせん箱からごめんなと10円から両替。おつりでもOKのおおらかさ。なんちゃ言われん。88ケ所すべてにお接待があるわけではないが、この1円でたくさんのお菓子、これで1ケ月はもつとあたたかいココロを頂いてキマシタ。

      

 そして、美味しいハコザキさんのトコロテン。ここだけおさいせんは50円、トコロテン2杯。すこし休憩。小学生は、ここでおいでのひとにお勉強でインタビュー。TVのひとはお仕事で撮影。たくさん歩いて、たくさんの人に出会って、さらにココロも頂いて、2時前に粟島港にもどってきた。せめてのお返しに中学校のテントの片付けも手伝った。たくさん今年もありがとね!

 
大好評! 箱崎さんのトコロテン。  タケノコとヒジキの煮物をのせて。

 道角で案内してくれた『地蔵ナビ』 
 


2002.4.26
あわしまの昔話


松田 悦子さん

粟島の昔話を集めた「あわしまほのぼのうおっちんぐ」の中から

   〜 和尚さんとたぬき 〜

   

 むかし、中新田の山の瀬を越えたところに、きゅうべえさんとおつぎさん夫婦が餅を焼いて売っておった。その山には、たぬきがすんでおった。たぬきは娘に化けては、きゅうべえさんの肩をたたいては、ほうびに焼き餅をもらっていた。

 ところが、毎日、毎日、娘が来るので、用心してみると、やはり娘は、たぬきが化けておった。
『こら!! いじわるたぬきめ!』ときゅうべえさんとおつぎさんは怒りつけた。
このたぬきのいたずらに困った村人は、とんがらしをふすべてたぬきをあぶり出すことに決めた。

 それを聞いた山寺の和尚さんは、『これこれたぬきや、もういたずらはおやめ。とんがらしの恐ろしさを知らんじゃろうが。小坊主になってわしのお寺へ来んか。』とやさしくなだめた。さっそくたぬきは、小坊主に化けてみた。

 たぬきは、娘ばかりに化けていたので、足元が内股になり、なかなかうまく化けられなかった。和尚さんは、にこにこ笑いながら、『こらこら。足元だけではないぞ。まだまだしっぽが出ておるぞ。まあ、よいよい。』と言って、和尚さんはたぬきを山寺へ連れて帰りました。山寺へ帰ってからは、毎日、掃除やお経の修行が始まりました。

 お寺のご飯には、甘いものはありません。アブラゲや大根、豆腐ばかりです。小坊主はいつもいつもグーグー腹の虫が鳴いておりました。きゅうべえさんの焼き餅の味が忘れられません。

 ある日、和尚さんは小坊主に檀家のおつかいに行かせました。山の瀬のところに来ると、焼き餅のいいにおいがしてきました。きゅうべえさんの焼き餅をだまし取るのは簡単でした。が、和尚さんの悲しむ顔が目に浮かびます。小坊主はがまんして、焼き餅のお店の前を通り抜けて山寺へ帰りました。

 和尚さんは、『小坊主や、おまえのしっぽは消えているぞ。』と言って大変喜びました。それからもますます二人は、山寺で仲良く暮らしました。

あとがき
 この話に出てくる本当の主人公は和尚さんです。和尚さんのやさしい心が見えますか?
 今、問題児に本当にやさしい心で包みこんであげられる大人はいるでしょうか?
 一人が悪いと言えば、その目でしか子供を見ない大人たち。和尚さんのようなやさしい心で見守ってあげてほしい。この世に問題児なんていないのだから!
 
 この本の絵と文  花地蔵さんちのおばさん

   本が生まれて8年後。
「あれからずいぶん大きくなりました。」
 


2002.4.23
『粟島万歩計図』


川上博文

  粟島在住の西山さんが作成した『粟島万歩計図』が新しくなりました!

  「ようきたナア粟島へ」のキャッチフレーズのもと、「これといって見る所もないけど、エエ空気でもみやげに持って帰ってや。」とイラスト入りで紹介しています。

  粟島の海岸では、5月から10月までの間、光を放つウミホタルが見られます。


 


2002.3.3
粟島の畑に雛人形が出現!


川上博文

3月3日、粟島の畑に、雛人形が出現しました!
場所は、粟島港から東へ4km、上新田地区の松田悦子さん宅前の畑です。
松田さんは、ノリ網に使っていた浮玉の廃材を使って、さまざまなキャラクターを作り、高台の県道から良く見える御自分の畑に置いて、島を訪れる方の心をほっとさせてくれています。
今までは、お地蔵さんやサザエさん一家が、浮玉に描かれて「よーきたなあ」という言葉で私たちを迎えてくれたのですが、今回、雛人形、金太郎、一寸法師、鯉のぼりがいっせいに仲間入りしました。満開の菜の花といっしょに、県道から見る私たちを取り囲むように微笑んでいます。
また、松田さんは、粟島に伝わる昔話を集めた「あわしま ほのぼのうおっちんぐ」という本を発行されています。文章も挿し絵も御自分で書かれたもので、各編の最後に「花地蔵さんちのおばさん」という名前であとがきが入っています。一度、読んでみてください。


 


2002.3.3
粟島でも、ももて祭が開催されました!


川上博文

「伊吹島のももて」について、三好さんと篠原さんから御紹介がありましたが、粟島(詫間町)でも、3月3日(日)に「粟島ももて祭」が行われました。
ももて祭は、春の始めに弓を射て、その年の豊凶を占う素朴な祭りで、詫間町では、生里(なまり)、大浜とともに、3つの祭りが県指定無形民俗文化財となっています。
祭り当日は、早朝から、射手12人が6人ずつ2組に分かれ、弓射の行事が始まりました。特に、午後からの三度弓は、病気平癒、厄年の祓いを祈るなど、個人がお花をかけての弓射で、最も迫力がありました。24m先の扇子を的にして、順番に射ていくものですが、有段者も方も何人かいらっしゃるということで、ひんやりとした空気の中、次々に扇子を射ていくさまは、心地よい緊張感とともに武芸のすばらしさを体感できました。


 


2001.12.29
粟島生活体験宿泊が行われました。


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恒例の「粟島生活体験宿泊」がこの冬も昨年(平成13年)12月25日から28日の3泊4日の日程で行われました。
これは、島外のこどもたちに、島の自然にじかに触れながら、友だちと遊んだり、海辺の自然を観察したり、時には冒険に挑んでもらおうと、平成7年から毎年、夏冬の2回行われているものです。
この冬も子どもたちは、島の人たちとともに、凧やしめ縄づくり、焼きイモ、餅つきなど、様々な活動に取り組みました。
各地から訪れた33人の子供たちと、それを温かく迎えた島に人たちに、またひとつ忘れられない思い出が増えました。

2001.12.17
城ノ山展望台に登りました!


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標高222m、粟島では一番高い山です。古くからの登山道が草木に埋もれていたのを地元の有志がチェーンソーや鎌を使って整備しました。現在は自然遊歩道として階段状に整備され、歩きやすくなっています。
登り始めると、最初は急な上りが続きますが、1合目から1合ごとに一言添えられた手作りの道しるべがあり、ほっとさせてくれます。まずは4合目の休憩所で一休み。大きな石に座ってお茶を飲みながら、丸亀や詫間の町並みを林の合間から眺められます。
気分を取り直して山頂へ。道しるべに背中を押されながら、粟島海洋記念公園を出発して30分後に山頂へ到着。山頂から360度見渡せる風景に言葉も出ません。東には瀬戸大橋、北には岡山県の水島工業地帯、西には燧灘に浮かぶ魚島(愛媛県)がくっきりと見えます。粟島がプロペラの形をしていることもよくわかります。自分が瀬戸内海の中心にいる気分をお土産に帰路につきました。